「油断した顔をした風景」


「スライド」という言葉を聞いて何を連想するだろうか。写真展だけに、白い枠の付いたいわゆる写真のポジフィルムを思い浮かべる方も多いかもしれない。「slide」の意としては、滑ること、数量が増減すること、ズレること、そういったことも含まれ、いろんな機会に耳慣れた言葉でもある。

 松本美枝子は日常をモチーフに人間を撮る写真家として知られているが、今回ほど風景を中心とした作品群を発表するのはもしかしたら初めてかもしれない。対象となる人間/モデルと対話を重ね、時間をかけて作品を制作するケースの多い彼女にとって、滞在の三週間(これを長いとするか短いとするかは一概には言えない)という限られた時間でのゼロからの制作というのはなかなかスリリングな試みであったという。

 松本は、ここ旧里見小学校から2kmほど離れた月崎地区に滞在し、歩いてだいたい一時間くらいで行ける範囲で今回の展覧会のほとんどの作品を撮影した。満開の桜や、菜の花に囲まれた春真っ盛りのこの地域は桃源郷のように本当に美しい。でもそこから本当に少しだけズレたところにもある美しさを松本は見ている。カメラに向かって満面の笑みを浮かべ、シャッターが切られ、次の瞬間にみせる気の緩んだ、本当に人間らしいいい顔、そんな表情を見かけたことはないだろうか?桃源郷のような風景はある部分において、木や種を植え、人の営みとして、見せるために作られた風景でもある。そういった営みの積み重ねはもちろん素晴らしいものなのだが、一方でそこから気の緩んだ、油断した表情も魅力的であることを彼女は私たちに教えてくれる。写真を見て、滞在の長いスタッフの一人が、裏通りに入ると、ふとした瞬間にそこがぶっきらぼうなヨーロッパの田舎の風景に見えることがある、と妙に納得をしていた。それはときとして、見たくない/見せたくない風景であることもしばしばあるが、同時に本来向き合うべき何かであることが少なくない。そんな渦中で、松本の作品は私たちの見る当たり前の風景を尊敬を持って軽やかに視点ごとスライドさせる。

 言葉のことを少し。写真とともに言葉を介在させて制作することが多い松本だが、普段は過去の日記からの引用が主だという。今回は滞在中にこの場所で言葉を編んだ。その言葉はこの場所であるはずなのになぜだか遠くのどこかの物語に感じることがある。でもそれは誰しもが持つ原風景へと風景をスライドさせているのかもしれない。幾重にも連なった、現実と意識の隙間の中にある風景の地滑りがここでは密やかに起こっている。


中崎透(美術家、「いちはらアート×ミックス」HOMEROOM/After School プログラムディレクター)